煙

 

 暗い…。
 狭い…。
 苦しい…。

 どうしたんだろう。
 体が、動かないよ。

 …ああ、そうか…。
 私は肥料になるんだった…。


 いつからか。
 世界は人が溢れ、どうしようもなくなっていた。
 宇宙への進出も間に合わず、頓挫していた。
 子供心に、人間の未来はどうなってしまうんだろう、と思っていた。
 …ある日、うちに一枚の葉書が来た。
「お母さん、これなあに?」
「…お父さんとお母さんはね、世界の為に立派な事をするのよ…」
「そうなの?凄いね」
「ええ、そうね…」
 お母さんは私を急に抱きしめ、涙を流した。
 何だか大人が泣くところを見てはいけない気がしたから、私はそっぽを向いていた。
 どうして泣くの?世界の為に立派なことをするのに。
 お母さんの涙を見ないようにするので頭が一杯になってしまっていて、そんなことを訊くのを忘れてしまった。


 一週間後、お母さんとお父さんが兵隊さんに連れられていくところを見た。
 どこに行くんだろう。
 そんな好奇心で、私は彼らの後を気付かれないように付いていった。
 辿り着いたそこは工場の様なところで、部屋の中央に大きな穴が開いていた。その穴の周りには手摺りが作られていて、何人かの人が黙って立っていた。
 その内の一人が、薄い膜の入れ物の中に寝そべった。蓋をし、それを機械を使って持ち上げ、穴に入れていく。
 何?何をしているの?
「お父さん!お母さん!」
 私は思わず隠れていた場所から飛び出していた。
「ねえ、これは何?今の人はどうなっちゃうの?お父さんとお母さんもあの穴の中に入らなくちゃいけないの?」
 驚いた大人たちが私を押さえつけ、何か喋っていた。お父さんとお母さんも、私を見て、駆けつけようとした。でも、兵隊さんたちに止められて、髪を振り乱して泣きながら何か喋っていた。
 …何を喋っていたのか、私はもう、覚えていない。
 その後に襲ってきた恐怖と孤独が、私を支配したから。

 


 怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
 嫌だ嫌だ嫌ァ…。
 出して、ここから出して。
 苦しいよう、お母さん。

 

 …煙…?

 

 

 ねぇ、寂しいの。
 お母さんとお父さんはどこ?
 どこにいるか、知らない?

 …うん、そう。
 私、肥料なの。
 世界の為に立派な事をしたのよ。

 ねぇ、あなたは、お母さんとお父さんがどうなったか知らない?
 …そう。

 じゃあ、お母さんとお父さんを見つけたら、教えてね。
 私、すごくすごく、お母さんとお父さんに会いたいの。

 だって、私があそこで声を出していなければ、私は肥料にならなかったはずなんだもの。
 勝手なことをしてごめんなさいって、謝りたいの。

 え、お母さんとお父さんを見つけたら、伝えてくれるの?
 ありがとう。
 ありがとう。

 


 じゃあ私は少し、眠るね。
 ずっと眠かったんだ。
 でも眠れなかった。
 お母さんとお父さんを見つけたら、お願いね。


 …おやすみなさい。

 

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004マルボロの少女のお話。

2005.4.17