パチンコ

 

 キーンコーンカーンコーン…と授業終了のチャイムが鳴る。
「んんん〜っ!終った〜!」
 眠さにだるい身体を伸ばし、一つあくびをした。
 帰りの仕度をしていると、後ろの席の一成が話しかけてきた。
「なぁ啓治、今日パチンコ行かね?」
「パチンコ〜?だってあそこは18歳未満お断りだろ」
「だいじょぶだいじょぶ。俺常連さんだもん。店員とも仲いいし」
「マジかよ。ま、お前ならバレねーだろうけどな」
 一成はすらっと背が高く、雑誌の『街で見かけたかっこいい男の子』とかでよく紹介されている。でも俺は…童顔だし無理じゃねーか?
 それを話すと、
「大丈夫だって!あんまり遅くまでいなきゃ店員も見逃してくれるしさ」
 だそうで。適当なもんだ。
 結局行くことにして、一度家に帰って服を着替えてから駅前のパチンコ屋に集合した。

「オイ〜ッス」
「ウイ〜。…俺あんま金持ってねーんだけど」
「そのうち増えんだろ、いざしゅつじ〜ん」
 自動ドアが開くと垂れ流しの爆音が身体を包み込んだ。思わず顔をしかめながら負けじと声を張り上げる。
「増えなかったらどうすんだよオイ」
「貸してやるけど?十イチで」
「…遠慮しときます」
 どの台がいいもんかと俺が見回しているのをほっといて、一成は馴染みの店員を見つけたのかサッサと店の奥の方へ歩いていく。
 離れて打つのも何なんでとりあえずくっついていった。
 …その一成と話している店員を見て驚いた。
「雪美先輩…」
「何だ啓治、知り合いだったのか?」
「あ、ああ、まぁ…」
 最近じゃ珍しい、背中まである真っ黒な髪を一つに束ねたその女子店員は、剣道部の先輩だった。
「わあ、久し振りだねー啓治くん。元気だった?」
「ええ、まぁ…」
 そして、俺の初恋の人だ。
「まぁ、しか言えねーのかよお前」
「うっせーな」
 数多くある運動部の中でもとりわけ厳しい剣道部に毎日休むことなく出ていたのは、すべて雪美先輩がいたからだった。
「剣道部のみんな、元気?ちゃんと練習してる?」
 うっ…痛いところをつかれた。俺は先輩が卒業してしまってからはほとんど幽霊部員だからだ。
「え、えっと…元気ですよ。先輩がいなくなって寂しがってる奴もいるみたいだけど」
 俺とか。
「そっかぁ…たまには顔出したいんだけど、忙しくってね。…と、ごめん。仕事中だから。」
 上司だろうか、老けた顔の男性店員に睨まれて慌てて苦笑いを作って、「またね!」と仕事に戻っていった。
「何だよー、俺がせっかく雪美さんと話してたのに」
 と、一成が口を尖らせて抗議をした。
「一成、もしかして雪美先輩に会う為にここ通ってたのか?」
「ご名答。大体のシフトは把握済みでございますわよ。お陰でパチンコ打つのも上手くなったっつーの」
 何だ…こいつも同類か。
 でも確か、先輩は大学合格して今学生のはずだけど。どうしてこんなところで働いてるんだろ…。

 パチンコ戦績は、一回大当たりしたけどその後は特に動きが無く。結局可もなく不可もなくといったところだった。
 気付いた頃には結構時間が経っていて、店員に目を付けられる前にとっとと退散した。
 一成と別れて帰路についたころ、後ろから声をかけられた。
 …雪美先輩だった。仕事は終ったのだろうか。
「うちは女性スタッフは10時以降は働かせない決まりなの」
「物騒ですもんね」
「あ、そうそう。注意しそびれちゃったけど、パチンコは卒業してからね」
「はは…すんません」
「あれ、でも啓治くんと友達ってことは一成くんも同い年?やだ、騙されたー」
 そう言って笑う先輩は在学中には見たことも無い疲れた顔をしていた。
「先輩…どうしてあそこで働いてるんですか?」
 先輩は、そう尋いたことを後悔させるような、消えそうな笑顔でこう言った。
「ちゃんと大学は行ってるよ。帰ってきてからあそこに働きに行ってるの。時給、いいし」
 答えになってない。
 でも、もう一度それを尋くのは躊躇われた。
 会話は途切れ、俺はちらちらと先輩の横顔を見ながらもやもやとした気分になっていた。
「じゃあ、私こっちだから」
「あ、俺送りますよ」
「大丈夫、慣れてるし人通りが無いわけじゃないから。今日はありがとう。じゃあね」
 ありがとう?俺は何にもしてない。
 先輩?
 俺は小さくなっていく雪美先輩の背中をずっと見続けていた。
 淡い恋心とじわじわと広がっていく不安。それらがマーブル状に混ざり合って、胸の中を侵食していった…。

 

 

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続きを考えたらえらく陳腐になったので削除。
ちなみに女の子は10時以降は働かせないなんていう良心的なパチンコ屋は多分、無い。

2003.9.22