釣りをするひと

 

 学校の帰り、その人が海に向かって堤防に座っている姿を毎日見かけた。
 通り過ぎる時もあれば、気まぐれに話しかける時もあった。
「釣れますか?」
 私の決まり文句だった。
「ぼちぼちだね」
 その人の決まり文句だった。
 私はすぐそばに止めた自転車にまたがって、止めたままペダルをこぎながらその人と、釣竿と、海を見ていた。
 その人はただ釣竿から糸をたらしていた。


 学校が忙しくなって、帰る頃にはもうその人はいなくなっていた。
 たまに見かけても話しかけなかった。
 その日、やはりその人はいなかったが、かわりにビンに花が生けてあった。
 その堤防のすぐ前にあるお店のおばさんに、こんなことを言われたことがある。
「あなた前までよく1人で海を見てたわねぇ。今はもう見てないの?」
 もうその人を見かけることはなくなった。
 ただ花がそっと生けてあった。

 

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海辺の町でのできごと。

2003.7.25