荒野

 

 ビルの群集を荒野のようだと言ったのは誰だったろう。

 

 今この国には三種類の人間しかいない。
 狩る人間か、狩られる人間か、見守る人間か。
 男は15歳から20歳までの間半年ごとに抽選が行われ、女は全員見守る人間になる。
 どっかのイカレたおっさんがそう決めたらしい。そうしないと退化するんだそうだ。
 俺が生まれた時からの習慣だから別にどーってこたぁねーけどな。
 狩る側なら狩って、狩られる側なら逃げりゃいい。
 そして俺は今、狩られる側だ。


「オイ!そっちに行ったぞ!」
「あっちまわれ!」
 ちっグループ組みやがって。弱えー奴ほど群れたがるからな。
 俺は追ってくる男を振り返り、あっかんべーをしてみせる。怒った奴は顔を真っ赤にして闇雲に追いついた俺に手を伸ばしてきた。
 触れる直前に頭上にあった鉄骨の階段にぶら下がって額に蹴りをお見舞いしてやった。
 勢いのついた体は当然避けられず、金属が仕込まれた靴は容易に額に埋め込まれていた青い石を砕いた。
「ゲーム・オーバー」
 ゆっくりと倒れる男。仲間の奴らはあるいは脅え、あるいは眼を血走らせていた。
「くそっ!敵討ちだ!」
 狩る側は青い石、狩られる側は紅い石。それで区別される。15になったら額に埋め込まれ、抽選によって色が変わるのだ。
 そしてそれは、俺たちの急所でもある。
 仲間の男は懐から銃を取り出し発砲してきた。
 鉄骨の階段にひらりと移り下手くそな腕を難なくかわすと、とっとと逃げた。


 こんなだから定住する奴はほとんどいない。俺もそうだ。今日も人が住んでいたらしい荒れた建物で寝っ転がっていた。
 といっても、ちゃんと生きていれば金は入るし、不自由はない。
 ふと、誰かがこの建物に入ってきた気配を感じた。狩られる側の人間とあっちゃ油断はしてられない。
 俺は寝っ転がったまま神経を張り巡らし何が起こっても対処できるよう身構える。

「青藍…!」

 自分の名前を呼ばれて驚いた。知り合いか?
 俺は慎重に体を起こし声のした方を見る。
「…蘇芳」
 暗くてよく見えないが、それは幼馴染の蘇芳のようだった。
「この建物に入っていくのが見えたから…お前今狩られる側だろ?心配で…」
「…蘇芳、お前…」
 俺は急に不安になって蘇芳の額の石の色を確認した。
「…っお前…!狩る側じゃねーか!俺を狩りに来たのかよ!」
「違う!本当だ、信じてくれ!」
 その顔は嘘を言っているようには思えなかったが、用心に越したことはない。
 俺は蘇芳の体を念入りに調べ、武器は全部俺が預かった。
「で?お前、何しに来たんだ」
「言っただろ、心配だったって」
「俺に疑われるのを承知の上でかよ?」
「それは…覚悟してたよ。殺されても仕方ない、とも思ってた」
「…お前、バカだろ」
「…ハハ、そうかもしれない」
 沈黙が訪れた。
 抽選だから、当然友達や兄弟とも敵同士になる。その時はお互いの無事を祈りあって離れるが、次に会った時はどうなるかわからない。連日不安に晒されて自制がきかない奴もいるのだ。
「俺は滅多なことじゃ狩られねーよ」
「でも、保証は無い」
「……」
「青藍」
 蘇芳は、俺を横から抱きしめた。心なしか、震えているようだった。
「僕は…君が僕の知らないところでもう死んでしまったんじゃないか、誰かに狩られてしまったんじゃないかって、気が狂いそうだった…!良かった…生きていてくれて…」
「…長い間会ってなかったんだ、死んでたとしてもしょうがねーよ」
 しばらく俺たちは見つめあっていた。髪を撫でる指がくすぐったい。
 蘇芳は俺の額に唇を寄せ、埋め込まれている石に口づけた。
「…っ、ヤメロ、蘇芳」
 石は、弱点だ。そこに神経があるわけじゃないが、触れられると危機感と共に妙な高揚感に襲われる。
 蘇芳は俺の抗議にも構わず、石を舐めたり、キスをしたりした。
 やがて満足したのか、俺の肩口に顔を埋めた。
「こんなのは…もう、嫌だ…!青藍、逃げよう」
「どこに」
「どこか、知らない国に」
「バカ…無理だ」
「無理じゃ…ないよ」
 瞬間、体に衝撃が走った。腹が熱い。
「う…ぐっ」
 …どうやら、蘇芳が横に避けていた銃を俺に気付かれないように取り、撃ったようだ。
「す、おう…てめ、何す…」
「知らない国だ…天国だよ」
 二度、三度と銃弾が腹に撃ち込まれた。喉の奥から何かがせり上がって来て、吐き出した。血だった。
「君が誰かに狩られるくらいなら…僕が狩る」
 蘇芳の涙が手の甲に落ちた。でも、何も感じない。
「大丈夫だよ…僕もすぐに後を追う」
「バ…カ」
 眼を閉じる前に、蘇芳が微笑んでいるのを見た気がした。
 それを見て、俺も、微笑んだ、気がした。



 ビルの群集を荒野のようだと言ったのは誰だっただろうか。
 
 この汚い町を表すには、最適な言葉だと思った。
 
 ここは、荒れ果てた荒野。
 
 血をたっぷり吸い込んだ、荒野だ。

 

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変形型BR法。

2003.7.25